希望の教会


週報エッセィ「シオンへの道」バックナンバー

2006年10月分
 

2006年10月1日付 「十字架の契約に生き語り続ける」

「しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、しかし、ユダヤ人であってもギリシャ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。」(Tコリント1:23〜24)

 十字架はユダヤ人や異邦人にはつまづきとなりやすい。なぜなら、十字架は古き自分に死なないと受け取れない。十字架と共に古い自分が死に、甦りのキリストが私たちの内に住んで下さり私達は新生するからである。十字架は又、古き自分に死ぬと共に、イエスの道だけに生きる新しい歩みが開かれる。信じる者にはただ一つの道があるのみ。それは「私が道である」と言われる主イエスの道だけ。自分を日々捨て、日々自分の十字架を負って主についていく。十字架は又、ただ上からの恵みによって生きる。主イエスが完成された救いを、信仰でただで受け取る。恩寵で生きるのである。栄光は全て主のものである。


2006年10月8日付 「神様が私を愛し、私は神様を愛しているので、私は成功者」

「ヨハネの子シモン。あなたは私を愛しますか。」(ヨハネ21:17)

 アメリカのカンザスシティーで24時間365日祈り続けていて祈りのセンターをされているマイク・ビクル師は著書の中で、外的にどんな問題や障害があろうが、いつも原点の愛に帰ることによって勝利していくことを述べている。
 彼は次の様に告白することを薦めている。
「神様が私を愛している。私も神様を愛している。だから私は成功者だ。」
 神様は、私たち一人ひとりを、どんな状況の中でも愛しておられ、十字架の愛は全ての人に注がれている。そして私たちも、神様を愛するなら十字架の契約は私たちのものであり、神様を愛する者には、神様は全てのことを相働いて益として下さる(ローマ8:28)。だから、私達はどんな時でも成功者である。今日も宣言しよう。
「神様が私を愛している。私も神様を愛している。だから私は成功者だ。」


2006年10月15日付 「御霊で歩む」

「御霊によって歩みなさい。」(ガラテヤ5:16)

 この御言葉の原語であるギリシャ語は2語だけです。「プニューマティ(御霊)ペリパテイテ(歩め)」です。直訳すると、「御霊(で)歩め。」です。「御霊」が「歩め」より先に置かれています。神様は備えの油のないまま車を歩ませるお方ではありません。神様が歩めと言われるなら、歩む上でのすべての必要を御霊で満たして下さるお方です。御霊は全知者全能者です。御霊をまず与えて、神様は私たちに歩むように言われます。私たちは人生を歩むのも神様の備えを上からいただいて歩むのです。
 先日、聖霊宣教大会でブラザー・ユン達とお会いでき、その信仰と上からの恵みで生きるお姿を見て主に感謝しました。現状の鉄格子は事実であっても真理ではない、真理は神様によって鉄格子さえも益に変えリバイバルに変えて下さる事であることを証され、目に見える現状ではなく、信仰で御言葉の真理で御霊の助けで生きることを更に教えられました。神様は福音の故に投獄されたブラザー・ユンを超自然的にその牢獄から出されました。そして世界中で主の証のために彼を主は用いています。
 主はすべてのことを益に変えて下さいます。歩む上の全ての備えもあります。


2006年10月22日付 「前を向いて生きる」

「いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか。信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」(ヘブル12:1〜2)

 前を向いて生きるためには、
 @過去のマイナスやトラウマ(精神的外傷)を十字架の上に捨てることです。過去の重荷を持ったままでは前に進むのを妨げます。重荷も罪も告白して十字架でそれらの債務証書を無効にしていただき身軽となります。
 A神様が与えて下さるものを受け取ることです。聖霊の満たし、十字架の契約による義と赦し、祝福、いやしと平安、勝利、永遠の命、喜び、解放、自由などの恵みをただで受け取ります。
 B第一歩を踏み出し、口や行動に出て行きます。主は38年間病の中にいた人に「よくなりたいか」と尋ね、「起きて、床を取り上げて歩きなさい」(ヨハネ5:1〜19)と語り、その人は癒されました。信仰を具体的に口や行動で表現し一歩を踏み出します。そして、継続的に口でみことばを宣言し続けます。環境からのマイナスのメッセージを主イエスの御名で断ち切り、神の御言葉を宣言し続けることです。


2006年10月29日付 「日々新しくされる」

「先の事どもを思い出すな。昔の事どもを考えるな。見よ。わたしは新しい事をする。もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。」(イザヤ43:18〜19)

 神様は私たちを毎日毎日新しくされようとしています。過去のマイナス、罪、傷や重荷から解放され、日々新しく主は私たちを変えてくださいます。十字架の血が全てを新しくする力です。罪を告白し十字架で聖めていただくと、私たちは日々雪よりも白くされて聖霊に満たされてすべてが新しくされます。聖霊充満により荒野に道が、荒地に川が、不毛の地が祝福の地に変えられます。十字架の血のきよめで、祝福、癒し、勝利、喜び、そして命の御霊が私たちを満たし、全てが新しくされます。今までのマイナスを告白しすべて十字架に捨て、神様が下さる恵みをすべて受け取り、今日も新しい信仰の歩みをすることができますから、主に感謝致します。


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