週報エッセィ「シオンへの道」バックナンバー
2007年4月分
2007年4月1日付 「御言葉信仰」
「百人隊長は答えて言った。『主よ。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。だた、おことばを下さい。そうすれば、私のしもべは直ります。』」(マタイ8:8)
百人隊長の信仰は御言葉信仰です。主イエス様から御言葉が与えられれば、彼のしもべは直るという御言葉信仰です。今、私たちはこの百人隊長の信仰を受け入れて歩んでいきましょう。神様の御言葉が与えられるなら、その通りなる信仰です。
私たちには信仰により十字架の御言葉が与えられています。十字架の言葉は信じる私たちのものです。十字架の契約の御言葉は信じる者には必ず成ります、成就します。十字架により、義、永遠の命、聖め、癒しと健康、解放、自由、聖霊充満、アブラハムの祝福と豊かさ、喜びと平安、勝利が私たち信じる者達のものです。十字架の御言葉信仰でどこまでも生きていきます。
2007年4月8日付 「復活祭(イースター)おめでとうございます」
「イエスは言われた。『わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。』」(ヨハネ11:25〜6)
主を信じて召された方々のことを覚えますが、彼らは必ず復活し、私たちとまた顔と顔をもってお会いする時が来ます。
主イエスは甦りの主です。主を信じる者は例え召されても必ず復活できます。主イエスが死の中から復活された様に、信じる者も復活します。生きていて主を信じて主の再臨を迎える者達は、携挙(けいきょ)し肉体の死を体験しないで復活の体に変えられ主とお会いします。
誰でも主イエスを信じるなら復活できるのです。
2007年4月15日付 「礼拝は父に帰る」
「しかし、我に返ったとき彼はこう言った。『父のところにはパンのあり余っている雇い人が大勢いるではないか。それなのに私はここで飢え死にしそうだ。立って父のところに行って、こう言おう。」(ルカ15:17〜18)
礼拝は父に帰ることです。
放蕩息子は失敗、挫折、無一文、飢え死にの危機でしたが、我に返って父の所に帰ろうと決断し、全ての祝福を直ぐに父から受け取りました。
日々取り巻く環境から来るマイナスに目を向けずに、神様に帰り、主に信頼することで、全て良きものをただで主からいただくことができます。礼拝は父に帰ることです。瞬間瞬間が父に帰る時であります様に。
2007年4月22日付 「希望の福音で生きる」
「わたしの上に主の御霊がおられる。主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油を注がれたのだから。主はわたしを遣わされた。捕らわれ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。しいたげられている人々を自由にし、主の恵みの年を告げ知らせるために。」(ルカ4:18〜9)
主イエス様の十字架の福音は希望の福音です。主の十字架の血で信じる者に罪の赦しと義を与えます。主イエスは私たちの全ての病、痛み、そして悲しみを負われ、主の打ち傷により信じる者に癒しと平安を与えます(イザヤ53:4〜5)。主イエスは十字架で私たち人類の呪いを打ち破り、信じる私達に祝福と豊かさを与えられました(ガラテヤ3:13〜4、Uコリント8:9)。主の十字架と復活で信じる者に永遠の命が与えられました。主は十字架で悪魔の頭を打ち破り、私たち信じる者に勝利を与えられました。主の十字架の血で信じる者に聖霊が住んでおられ、力と愛を注いで下さっています。希望の福音があるので私たちはいつも希望です。
2007年4月29日付 「主にあっていつも喜ぶ」
「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。・・・何事も心配してはなりません。むしろ、どんなことでも祈りなさい。神様に御願いしなさい。そして、祈りに応えてくださる神様に感謝するのを、忘れてはなりません。そうすれば、人間の理解をはるかに超えた、すばらしい神様の平安を体験できます。キリスト・イエスに頼る時、その平安は、あなたがたの心と思いを静め、安らかにしてくれるのです。」(ピリピ4:4、6〜7)
主にあって喜ぶこと、何でも主に祈って、何も思い煩わないで主に持って行くなら、主がこたえて下さり、私たちの内は平安と喜びで満たされ、聖霊様が私たちを満たして下さいます。
今週も全ての心配を主に委ねて、主によって喜んでいきましょう。主が喜びを与えます。
「希望の教会」は聖書信仰に立つプロテスタントのキリスト教会です。
Tel & FAX : 0554-63-5316