週報エッセィ「シオンへの道」バックナンバー
2007年9月分
2007年9月2日付 「試練の向こうに脱出の道が備えられている」
「あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に合わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えて下さいます。」(Tコリント10:13)
この世にサタンや罪があるので試練はあっても、試練の向こうには神様は脱出の道を備えておられるクリスチャンへの約束は、私達に大きな励ましを与えます。例え試練があっても神様は私達の為に脱出の道を既に備えておられるのです。どんな苦しみの中にいても神様は必ずそのトンネルを抜け出し希望の出口に導いて下さいます。真っ暗闇の夜の後に輝く希望の朝が来るように、私達の人生は決して行き詰まることはありません。人間的に不可能に見えても、神様にはどんなこともできます。神様に信頼して祈りついていけば、必ず希望の道が開かれます。
2007年9月9日付 「祈りは聞かれる、受け取るまで祈り続ける」
「わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。」(ルカ11:9)
主イエスは主に求めれば与えられると言われています。祈ってすぐに祈ったことを主は与えて下さることがあります。又、祈ってしばらくして神の時に祈っていることを与えて下さることがあります。又、祈っていることの内容以上に素晴らしいことを主は与えて下さることがあります。どの場合でも、主は祈りに必ず答えて下さるお方ですから、諦めないでしぶとく受けるまで祈り続けていきましょう。求めなさい。そうすれば与えられます。アーメン。
2007年9月16日付 「恵みの下にある者の再献身」
「あなたがた自身とその手足を義の器として神にささげなさい。というのは・・・・・あなたがたは律法の下にはなく、恵みの下にあるからです。」(ローマ6:14)
神様は私たちを主イエスの信仰による義のゆえに恵みの下に置かれています。全ての必要が恵みの主から一方的に与えられます。私たちはただ主に信頼していくだけで、神様の方で十字架の契約で私達の全ての必要を満たして下さいます。恵みの下にある私たちは自由と解放を得ています。その自由を神様の為に用いることが期待されています。恵みを受けている私たちは、この手足を義の器として捧げ、再献身して主に仕えていきましょう。
2007年9月23日付 「うしろのものを忘れ、ひたすら前のものに向かって進む」
「ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み」(ピリピ3:13)
パウロはうしろのものを忘れ、主イエスを見上げ、ひたすら前のものに向かって進む姿勢を貫きました。彼は多くの困難や火の迫害に出会ってもくじけず、うしろのものを忘れ、ひたすら前のものに向かって進んでいきました。
私たちもうしろのマイナスを十字架に投げ出し忘れ、ひたすら信仰の創始者完成者である主イエスを見上げて前に進んでいきましょう。
2007年9月30日付 「主の所へ行くだけで平安が与えられる」
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたを休ませてあげます。」(マタイ11:28)
すべて疲れている人、重荷を負っている人は、ただ主の所へ行けばいいのです。一方通行です。世と主ではなく、ただ主の所に行けばいいのです。主がみな疲れも重荷も引き受け、購って下さり、主の所に行く者を全て癒し、平安を与え休ませて下さいます。
「わたしのところに来なさい」と語られる主は、私達の全ての罪、呪い、死、病、悲しみ、痛み、そして重荷を身代わりに十字架で引き受けられ、購いを成し遂げられたお方ですから、主の所へ行くだけで私たちは平安、癒しを得、全ての重荷から解放されて休みが得られるのです。
ただ、主の所に行き留まり続けましょう。
「希望の教会」は聖書信仰に立つプロテスタントのキリスト教会です。
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